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映画『パッション』

日記2014-02-13 21:36

バッハの受難曲を聴き始めて、そもそものイエス・キリストの受難のストーリーに興味を持つようになりました。マタイの対訳(音楽の森 バッハ:マタイ受難曲 第一部 歌詞対訳)とか、とても分かりやすいヨハネのあらすじ(《ヨハネ受難曲》の物語)とかなども読んでみて、大枠は掴めたものの、登場人物の心境の変化や舞台のイメージなどがいまひとつ具体的に想像できない。きっと、キリスト教圏の人にとっては幼い頃から馴染みの深い物語で、絵画なりなんなりで細かいディテールにも親しんでいるのだろうけれど。

そんな折、たまたまYouTubeで受難曲を検索していたら、ある曲にメル・ギブソン監督による映画『パッション(The Passion of the Christ)』の映像を当てているものがあって、目を惹かれた。血だらけのイエスが、鞭打たれながら十字架を背負って歩く凄惨なシーンで、コメント欄がかなり荒れており、多くがクリスチャンによるものと思われる非難の言。私はかえって興味を持ったので、元ネタの映画を観てみました。

本作は、2004年に制作されたアメリカ映画。イエスの捕縛から磔刑のシーンまでを、概ね福音書などに忠実に描いたもので、前述のとおり私が読んだ(そしてバッハの曲として聴いた)受難のストーリーと、細部にわたって一致するものだった。登場人物の台詞はすべてアラム語とラテン語で、そのあたりは良いなと。HBOの"ROME"みたいな歴史大河ものと比べると、リアリティの点において脚色が多すぎるのは仕方ないとしても、自分のような素人に対しても、破綻のない具体的なイメージを喚起させるに足るだけの情報量はありました。

ほぼ時系列に沿って、キーとなるシーンを追いつつ、ところどころに回想を挟むような構成。2時間、オチが分かっているお話で間を持たせるのは大変だろうなと思いつつ、意外と集中して観ることができました。鞭打ちや十字架に架けられるシーンは、確かにかなり痛々しく、敬虔な信者がこれを見てなお平静を保つのは難しいんじゃないかというのは、想像に難くない。

最後まで観て、自分のなかではいくつかの点がクリアになりました。初め不思議だったのが、総督ピラトがギリギリまで自らの手で刑を下すのを渋ったシーンで、さっさと結論出せばいいのにと。これはつまり、属州の統治に頭を悩ませていたという背景があってのことだったんですね。ヘロデに判断を委ねるものの突き返されて困る場面とか、なるほどと思いました。そもそも裁判のシーンは、何も知らないとちょっと映像ではイメージしにくい場面ではあります。
また、裏切ってイエスの居場所を洩らしたユダが、すぐに後悔して自死を選ぶまでの心の動きとか、十字架刑を熱烈に叫ぶユダヤ人の群衆心理だとかも、映像が付くことで確かに理解しやすい。その意味では、ものすごく分かりやすいお話になっていました。

感心するのは、つくづくこの聖書における受難のストーリーが、論理的に非常に強固な構造であるという点。例えば、イエスやマリアを除く、ここに出てくるほとんどの人間は、愚かで不完全な存在として描かれます。裏切りのユダ、イエスとの関係を三度否認するペトロはもちろんのこと、冒頭で約束を破って居眠りをしてしまう弟子たち、猜疑心に取りつかれた祭司たち、暴力に酔うローマ兵、扇動される民衆、そして自ら決断できず流されてしまう総督ピラト。
一切キリスト教を信じない私なんかにとってみれば、イエスの奇跡のエピソードの荒唐無稽さに比べて、これらの人間の「人間らしい」愚かさの表現だけが異様に具体的で、いわば「あるある」のレベルでリアルなのが奇妙に感じられるところです。だけどこれはおそらく、一度信仰に踏み入れたキリスト教徒にとっては、自らの愚かさや無力さを実感すればするほど、信仰が補強されるようにできているのだと。そして、このストーリーが古来多くの人にとって悲劇的な生からの救い、心の拠り所として必要とされる理由も、今ならなんとなくですが、想像できるような気はします。

サタンが出てくるあたりの脚色は、本作独自のものだと思うのですが、ここは正直ちょっとよく分かりませんでした。あとまあ、イエスの死後、大地震が起きたり復活したりするわけですが、本編の描写がリアルなだけに、お約束とはいえもやっとしたものが。

史実としてどこまでが本当なのかというのは、寄ってたかってバイアスがかかってしまった今、想像だけで滅多なことは言えませんが、きっと大元になったできごとはあるんでしょう。で、それが何千年を経た現在も、世界を席巻する宗教のひとつとなっているというのは、誰が作ったのかやはりこのストーリーの完全性、構造的な強固さを感じずにはいられません。世界最大級の二次創作ジャンルの元ネタとして、美術、音楽、建築、文学などに果たした役割の大きさも含めて。

この映画自体が、熱心なクリスチャンであるメル・ギブソンの手による大変に偏ったものであることは承知の上なので、それを踏まえて、もっと色々と学びたいとは思いました。

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