blog

フリーランスのWeb制作 : デザイン、HTML/CSSコーディング、CMS
EPXスタジオ www.epxstudio.com

アニメ『坂道のアポロン』

日記2013-03-01 14:23

昨年来、映画やアニメ、本などの作品を友人に薦められたら、買うなり借りるなりして積極的に観るようにしています。特に、映画やアニメに関しては、日常的に観る習慣がなく、まったくアンテナを張っていない状態が何年も続いていたため、世間で話題になった作品のことも全然知らなかったりして。

ツタヤディスカスに加入したこともあり、DVD化されている映像作品は、気軽に借りられるようになりました。薦められたもののほか、Twitterのタイムラインとかで面白そうだなと思った作品は、リストに入れておくようにしています。『月に囚われた男』(映画)、『合唱ができるまで』(映画)、『ファイアボール』(CGアニメ)は特に良かったです。それぞれについて感想記事を書きたいくらい。

昨日、アニメ『坂道のアポロン』のDVD全4巻の鑑賞を終えました。これは、1月にSangoさんたちとお茶したときに、奥様であるぽてきちさんに薦められた作品で、音楽がテーマだからハマるかもって。説明だけ聞いて、何となく学生バンドの成功物語とか、そういうイメージでしたが、全然違いました。観て良かった!

アニメ「坂道のアポロン」公式サイト
http://www.noitamina-apollon.com/

予備知識いっさいなしで、まず1~3話が収録されたDVD1巻を観て、一気に引き込まれました。

60年代が舞台の青春ものといえば、映画の『コクリコ坂から』がそうですが、ある意味で対照的な作品でした。あの映画が好きになれないのは、(ジブリ作品らしく)美しいものしか描いていないところなんですよね。俊くんと海ちゃんは、基本的に非の打ち所のないパーフェクト超人で、そしてなんだか都合よくハッピーエンドになってしまう。

これはネタバレでも何でもないのですが、『坂道のアポロン』に出てくる少年少女は、限りある時間のなかで、それぞれに何かを失います。それは、彼らのほんの少しの意地だったり、怖れ、あるときは勇み足であったりするような、人間的な未熟さ(もしくは人間的であるが故)の失敗の結果として現れるものであって、その「傷」の痛みの表現が、何とも言えずリアルでした。

同名の少女マンガが原作と聞いて、納得。男性作家だったら、ヒロインを理想化して描きすぎて、完璧(で中身のない)キャラクターにしていたかもしれない。この作品に出てくる律子は、主体的にアクションを起こせないうえに、迷いや気持ちの変化のためにことごとく機を逸してしまう、ひどく不器用な少女として描かれています。対する薫も千太郎も、他のキャラもそうで、何度も何度も失敗を犯しては、自らの失敗を悔いる。この話は高校3年間を舞台にしてはいますが、彼らは簡単には成長しない。1話から12話まで、失敗とすれ違いばかり。

そして多分...、期待された最良の終わりかたではないのです。見終えたあとの寂寥感はそこから来るもので、作品が終わってしまった、ということと、青春はこのような形で終わってしまうのだというリアリズムが、二重の意味で実感されました。
観ている最中こそ「こういう青春が自分にもあれば良かったな」という単純な憧れが湧いてくるのですが、見終えたあとになって初めて、実はこれは「高校生が田舎でジャズ」という特異なシチュエーションに限定されない、ある種普遍的な「青春の傷の痛み」を表現しているのでは、と思えてきました。

いま原作コミック(小玉ユキ著、小学館flowersフラワーコミックスα刊)を読み進めています。読んでわかるのは、アニメがとても原作に忠実に、丁寧に作られていること。3巻の表紙裏で、作者が興味深いことを書かれていたので、以下に引用します。

この物語は、フィクションです。というか、ファンタジーです。不思議なことは何も起こりませんが、ある意味、今まで描いた中で一番、ファンタジー寄りのまんがなんじゃないかと思っています。

ファンタジーとは、ただ現実から乖離した絵空事なのではなく、まったくの空想の産物であるが故に象徴的で根源的なのであって、菊田裕樹さん風に言えば、そこになにがしかの人間的真実があるのだと思います。その意味では、この作品は紛れもないファンタジーです。

改めてDVDを買ってもいいかな、と思いつつも、気軽に何度も見返すような作品じゃないような気もします。良い作品を観たという思い出が、この作品によって喚起されたほんのちょっとの傷と共に、記憶のどこかに残っていればいいかな。

Share on Tumblr このエントリーをはてなブックマークに追加