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最近観た映画から(2015年8月~9月)

日記2015-10-01 16:45

最近観た映画についての感想メモです。この期間に観たなかで、特に良かった『キングスマン』については、すでに個別のエントリーに書いていますのでそちらで(『キングスマン』を観た | EPX studio blog)。

ジュラシック・ワールド

ニンジャヘッズの方たちにお誘いいただいて、立川で大勢で観ました。みんなで観てワイワイ感想を言ったりするのは久しぶりで楽しかった。で、まさにそういうシチュエーションにお誂え向きの映画。特段どこか抜きん出ているとは感じなかったけれど、パニック映画にありがちな「お約束」を、律儀に端から全部やってくれる優等生の娯楽作品でした。

例えば、主人公の子供2人はまず傷ついたりすることはないのでどんな局面でも安心して観ていられるし、ヒーロー&ヒロインの無敵の活躍ぶりも、小悪党に訪れる因果応報も。お目付け役のお姉さんに対するオーバーキルにはちょっと笑っちゃったけれど。3Dで観たのですが、生き生きと動く恐竜同士のバトルはさながらディスカバリーチャンネルで、CGとはすごいのだなあとふつうの感想を。

サルート・オブ・ザ・ジャガー

以前、ニンジャスレイヤーのヘッズイベントで『ブレードランナー』でレプリカント役を演じたルトガー・ハウアー主演映画の話になって、この作品と、次に挙げる『ブラインド・フューリー』を薦められたのでした。さっそくレンタルして視聴。

本作は『マッドマックス』に通じるような、核兵器により荒廃した近未来の地球を舞台にしたSFスポーツアクションです。スポーツというのが面白いところで、この競技がほぼ殺し合いなんですね。殺人サッカーか殺人ラグビーかというような。だけど、あまりくどくどと設定の説明はせず、淡々と主人公の少女が成長していく様(と謎めいたベテラン選手のルトガー・ハウアー)を追った、冒険譚めいたロードムービーなのです。

地下都市の描写はまるでファンタジーで、デル・トロの『ヘルボーイ2』を連想させる良さがあった。最後は少し尻切れかなと感じていたら、どうも編集違いのバージョンがあるらしく、話だけ聞くと私が観ていないほうのが良さそうだった。

ブラインド・フューリー

ルトガー・ハウアーが、盲目で仕込み杖を携えた無敵の素浪人(つまり座頭市)になりきって、ショー・コスギとかをバッサバッサと倒していくという、テレ東の午後ロードでやっていたらBGVとして最高の類の映画でした。わりと無表情で不器用な役柄が多かったけれど、今作では小さな男の子を相手に比較的表情豊かでコミカルな芝居もしていて、ちょっと意外。正直言って殺陣が全然だめだけど、すごく頑張っていて応援したくなる。

アメリカン・スナイパー

公開時に観に行けなかったので、ようやく。戦争自体の是非について問うことは巧妙に避けつつも、アメリカ人にとって戦場と本国での日常生活が完全に地続きであることの不気味さと異常性を、現実味をもって淡々と伝える作品でした。ただ、最後にあの国葬のような扱いの実写映像を挟んできたことによって、英雄譚のような性格の作品に寄ってしまったのは個人的には残念で。メイキングを観たら、遺族の意向が強く反映されているようで、そこはさして事件から年数も経っていないこともあり、仕方がないかな。

戦場の映像の生々しさはやはり重い。家宅捜索で虱潰しに当たっていくことの途方もなさ、「泥沼」感は素人にも分かりやすかった。一方で、日常生活サイドではラブストーリーのパートがあまりにも何も起こらなくて、事実を美化しているとはいえ、テンプレ通りのラブラブ夫婦で退屈なのがなあ。難しいところ。

ハッピー・フィート

ジョージ・ミラー監督の作品をまったく知らなかったので、手始めに『マッドマックス』から一番遠そうな作品から順番に観てみることにしました。これは、南極を舞台にCGのペンギンがタップダンスを踊るミュージカルアニメ映画。結果、意外にも『マッドマックス』っぽいシーンがたくさんあって笑いました。面白かったよ。

ペンギンが滑っていくシーンのカメラワーク、特に遠景からアップまでシームレスにグーンと寄っていくようなところは、ウォーボーイズとのカーバトルさながらで。あと、クライマックスを前に主人公が捨て鉢の覚悟を決める美学なんかは、やはりこういうノリが好きなんだなーみたいな。

セッション(Whiplash)

私はこれ、有望な若手ジャズ・ドラマーが鬼教師のしごきを経て、成功を掴む映画だと思っていたのですが、まったく違いました。その意味での意外性はあった。ただし、観終わったあと心に残ったのが、ファックファック言う汚い罵声と、ただの騒音に等しいドラムの音だけだったというのが…。これを観て音楽が好きになるとか、ジャズに興味を持つ人はいないだろうなあ。

本作に登場するフレッチャー教授は、厳格であるが優れた指導者"ではなく"、単に理由のない言葉の暴力(それも人権侵害レベル)によって弱い立場の学生より優位に立とうとするサイコパスで、その事実がじわじわと暴露されていく過程は良かった。けれども、であるならば、それと対になる解決編を音楽によって示してほしかった。そこが一番期待していたポイントだったんだけどな。
いや、プロットだけ追うと概ねそのような筋書きなのです。ただ、何が引っかかるのかと考えたら、本作では音楽の良さについて「テンポに正確な演奏」と「超人的な速弾き」のたった2つの価値観しか示していないんですね。そもそもなんかこの2つ、矛盾しているような気もするし…。これは例えて言えば、優秀なプログラマーの映像表現として「ミスタイプをしない」「タイピングが早い」だけを強調しているようなことだと思うのです。見た目に分かりやすいのかもしれないけどさあ。

実は、公開当時の本作をめぐる菊地成孔さんと町山さんの論争は、概略だけは追っていて中身を読んだことがなかったのですが、観たあとに改めて読んでみると、これに関しては私は菊地さんの意見に深く納得しました(例の文章は、ちょっと支離滅裂ぎみで真意を測りかねるところもあるのですが)。

これだったら『坂道のアポロン』の学園祭シーンのほうがよほど「セッション」だと思うし、プロフェッショナルが音楽によりブレイクスルーを目指す映画だったら『25年目の弦楽四重奏』だし、なんなら『伝説のマエストロたち』や『合唱ができるまで』のような本物のドキュメンタリーや、もっと言えばコンサートのライブ映像を観るほうが、私にはいいなあ。

結局のところ、主人公が初めから終わりに至る過程で、何を得て、何を失ったのかというのが物語作品の本質だと思うんですけど、本作ではそこに意味が見い出せないのでした。どう終わればまだマシだったのかと考えたら、これはですね、最後に舞台上にフレッチャー教授に虐げられた学生が次々に現れては凶弾を浴びせて、BGMのテンポに完璧に合わせる形で、フレッチャー教授が爆発していけばいいと思うんですよね。どうも最近そのような映画を観た気がするんですが。

言の葉の庭

『セッション』があんまりの作品だったので、口直しに続けて観ました。これは良かった。新海誠さんの作品はほとんど観たことがなくて、この作品を観たいと思ったきっかけは、ある海外の動画レビューで優れたアニメ作品として紹介されていたからなのでした。

テーマやモチーフ、背景美術から音楽に至るまで、とても繊細な世界を扱った作品で美しかった。モヤモヤを積み重ねて、最後で本音を吐露させて爆発的なカタルシスに導く手法は、『あの花』と同じで、ちょっとズルいなと思いつつも嫌いになれなくて。確かにああいうトーンは海外の有名アニメ作品には見かけないし、外国の人には日本らしさとして新鮮に映るのかなとは思いました。

ただ、アニメがあまりに美しく理想化されすぎていて、あんなにもリアリティあふれる世界を扱っているにも関わらず、現実感から遠く乖離しているというか…。たとえば、これとまったく同じセリフ、同じカット割りで実写化したとすると、違和感がすごそうで。決して声優さんのお芝居だけではなくて…。何に引っかかっているのか、うまく言語化できない。
それが、このフォーマットでしか表現できない何かに挑戦しているからなのか、あるいは(敢えて揶揄するような表現を使ってしまうけど)オタクくささが抜けていないだけなのか、ちょっとよく分からないです。でもこれ、私は楽しめました。

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