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岡本太郎美術館に行ってきた

日記2012-07-04 01:37

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日曜日、かねてから気になっていた、川崎市岡本太郎美術館に初めて行く機会がありました。場所は向ヶ丘遊園駅から徒歩十数分、生田緑地の敷地内。あいにくの天気でしたが、ひっそりとしたメタセコイアの柱廊を抜けた奥の奥、どことなく日常から隔離された空間に、美術館はありました。

今回誘ってくれたサークルの先輩の杉山さんは、大の岡本ファン。作品を観ながら、背景やエピソードなどくわしく解説してくれました。私はといえば、渋谷の『明日の神話』が好きだってくらいで、ほとんど予備知識がなく。
個人的に、岡本太郎に関する原体験として強く印象に残っている作品がひとつだけあって、それが、相模原の西門商店街にあるモニュメント『呼ぶ 赤い手・青い手』です。

祖父の家が近くにあったので、たぶん幼稚園か小学校1、2年のころによく前を通ったんですが、子供心にもうコワくて。造形が禍々しいうえ、掌に顔があるし。もうずっとこの場所には行ってませんが、強烈に記憶に残ってます。

さて、今回は「岡本太郎 迷宮を行く」という特別展で、企画展というよりも、常設作品にいくつかの収蔵作品を加えた、拡大版の常設展とのこと。シュルレアリスムの影響を強く受けた初期の『傷ましき腕』から、『森の掟』『重工業』、さらに60年代後半の『明日の神話』『太陽の鐘』に至る絵画と立体作品が、区分けされつつもほぼ1フロアに凝縮された展示で、クラクラするほどの濃い内容でした。

さらに別室では、自宅アトリエでの制作風景を捉えたビデオも公開。見ると、大勢のスタッフにより複数の作品が同時進行で作られていくのが分かる。油彩における筆致にしても、一見大胆でダイナミックと思われがちだけど、近くで見ると工芸品のようにとても繊細。明確なイメージが脳内にあって、淡々とそれに近づけようとしている「職人」の仕事のようですらある。

ミュージアムショップで、たくさんの著作のなかから、入りやすそうな『今日の芸術―時代を創造するものは誰か』(光文社知恵の森文庫)を購入。まだ半分も読んでいないけど、見出しだけ見ても、岡本太郎の「芸術」観がはっきりと示されている。曰く、「芸術は『きれい』であってはならない」、「芸術は『うまく』あってはいけない」。

「なぜ、芸術があるのか」という節では、現代人の生き方についてこのように書いています。

一日のいちばん長い時間、単一な仕事に自分の本質を見失いながら生きている。たいていの人は、食うためだ、売りわたした時間だから、と割り切って平気でいるように見えます。しかし、自己疎外の毒は、意外に深く、ひろく、人間をむしばんでいるのです。義務付けられた社会生活のなかで、自発性を失い、おさえられている創造欲がなんとかして噴出しようとする。そんな気持はだれにもある。だが、その手段が見つからないのです。(中略)だが、どうやって?それをこれからお話ししようと思います。私はそこに、芸術の意味があると思うのです。(p.18-21)

1954年、高度経済成長期をまさに迎えようとしているこのころ、こういうことを書いているのはすごいですね。これに対して、2000年前の哲人セネカが、やはり古代ローマが最盛期を迎える直前、その著作『人生の短さについて』の冒頭で、まったく同じことを言っていたのを思い出しました。そしてアリストテレスの言を引いて、「生は短く術は長し(Art is long, Life is short.)」と。

四谷の美味しい天ぷら屋「天春」さんでご馳走になったあと、改めて渋谷駅の『明日の神話』を見学して、この日は解散。こうして見上げると、また少し、新鮮な感慨がありました。

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